所長挨拶

 共感覚とは、ある感覚や認知的処理を引き起こすような情報入力により、一般的に喚起される感覚や認知処理に加えて、他の感覚や認知処理も喚起される現象です。誰もが体験できるわけではなく、例えば各文字に特定の色を感じる色字共感覚者の保有率は1.4%、すなわち約70人に1人と見なされており、この保有率は、国籍や民族、言語によらず、ほぼ一定と考えられています。色字共感覚以外の共感覚の保有率については、未だ明確ではなく、揺らいでいるというのが現状ですが、様々な試みによって検討が進んでいます。また共感覚の大分類に関しては、色字共感覚以外に、空間系列共感覚、ミラータッチ共感覚、色聴共感覚、序数擬人化など、様々な共感覚に細分類することができます。

 共感覚という現象はかなり昔から知られていたものの、共感覚の実在確認の困難さから21世紀になるまでは共感覚に関する科学的研究が進んでいるとは言い難い状況でした。今世紀に入り、様々な科学的研究が進み、文字と共感覚色の結びつけが時間的に安定性していることが判定基準となると考えられてきた色字共感覚は、より身近な存在で、少なくても数百文字以上の特異な記憶であり、文字と共感覚色の結びつきには共通性があって、新たな文字学習によって共感覚色が変容してしまうということが明らかになり、古典的な共感覚に関する常識がことごとく覆されてきました。

 ところが、科学的研究が進む中でも、一般の方々には共感覚が未だに誤解され、少数派の共感覚者が不安に感じられる状況は解消されていません。少数派といっても、仮に日本の人口1億2千万人の1.4%が色字共感覚者だとすれば、日本国内でも約170万人の色字共感覚者が存在することになり、決して少数集団とは言えないのです。

そこで、一般社団法人共感覚研究所は、共感覚研究に長年携わった研究者が集い、共感覚に関する研究調査をさらに推進し、学術研究の進展結果に基づき、共感覚者に限らず、多くの皆さんに共感覚に関する教養・知識の高揚に貢献することを目的として、2021年6月25日に設立されました。共感覚研究所には、共感覚研究の専門家がいますので、共感覚に関する研究を受託し、共感覚に係る調査・研究、支援、情報発信などを行い、収集した調査研究資料など研究に必要なリソースを提供し、共感覚に興味を持たれる研究者を支えるものです。さらに、その成果を広く伝え、共感覚に対する社会的理解を一層深めたいと思います。

経歴

共感覚研究所 所長・代表理事 横澤一彦

1979年東京工業大学工学部卒業、1981年東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程修了、1990年工学博士取得、1981年日本電信電話公社に入社し、基礎研究所で人間の視覚情報処理の研究に従事。1986年ATR視聴覚機構研究所主任研究員、1991年東京大学生産技術研究所客員助教授、1995年米国・南カリフォルニア大学客員研究員、1995年NTT基礎研究所主幹研究員などを経て、1998年東京大学大学院人文社会系研究科助教授、2006年より教授。2009年米国・カリフォルニア大学バークレイ校客員研究員。2022年4月日本国際学園大学(旧:筑波学院大学)経営情報学部教授。2022年6月東京大学名誉教授。1995年日本認知科学会優秀論文賞、2001年日本心理学会研究奨励賞、2004年日本認知科学会奨励論文賞、2008年および2012年日本基礎心理学会優秀論文賞、2019年日本心理学会優秀論文賞、2024年日本認知心理学会独創賞、各受賞。2017年日本認知科学会フェロー。主な著書に『視覚科学』(2010年、 勁草書房)、『つじつまを合わせたがる脳』(2017年、岩波書店)、『注意  選択と統合』(2015年、勁草書房、分担執筆)、『オブジェクト認知 統合された表象と理解』(2016年、勁草書房、分担執筆)、『美感 感と知の統合』(2018年、勁草書房、分担執筆)、『身体と空間の表象 行動への統合』(2020年、勁草書房、分担執筆)、『共感覚 統合の多様性』(2020年、勁草書房、分担執筆)。

 

様々な心理現象に基づいた脳内での情報統合に関する認知心理学的研究を、40年以上に渡り網羅的に続け、研究成果は国内外の心理学や認知科学に関する主要学術誌に多数の学術論文が掲載され、多くの学術論文から引用され、高い評価を得る論文も多く、その業績により日本認知科学会からフェローの称号が授与された。

特に、注意、オブジェクト認知、身体と空間の表象、感覚融合認知、美感、共感覚などの研究テーマに取り組み、学術書にまとめてきた。その中で、様々な文字種が使われる日本語の特性を利用し、共感覚の特性を幅広く明らかにしている。色字共感覚研究としては国内最大で圧倒的な規模の実験研究を遂行し、国際的にも大きな注目を集め、海外の研究者との国際的な共同研究に取り組み、共感覚に関する学術書にまとめている。